「ほっ」と。キャンペーン

<   2006年 03月 ( 32 )   > この月の画像一覧

みことば日記

ローマ12:10 兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。

★私が心している御言葉だ。互いに愛し合うということ、人を尊敬するということ。本当に大事だと思う。それをするためには自我を砕かれ、ひたすら神の愛に満たしていただくしかないと思う。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-31 09:49 | みことば

みことば日記

ローマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

★世と調子をあわせれば世の人を救いに導けなくなるだろう。人に仕えるのは大事なことだが、本質を忘れてはならない。常に自分自身、神に喜ばれる者になるよう努めたい。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-30 11:51 | みことば

みことば日記

ローマ12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

★いうまでもない、こういう礼拝をすべきなのだ。霊的な礼拝は目に見えない部分のものかと思いきや、そうではなく、見えるこの体をささげるところに真の礼拝がある。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-29 09:34 | みことば

みことば日記

ローマ11:29 神の賜物と召命とは変わることがありません。

★ユダヤ人を救いのために用いようとされた神は、ユダヤ人がイエス様を嫌って迫害しても、なおも愛し続けておられる。ユダヤ人はその働きを失ったのではなく、眠っているだけで、神様が彼らに与えた賜物も召命も変わらない。これがまた私自身にも言えるので嬉しい。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-28 08:33 | みことば

みことば日記

ローマ10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

★福音を伝える足は立派!嬉しい言葉だが、牧師になって、教会に来ている人には伝えているが、それ以外の人にどれほど伝えているか反省多き日々だ。原点に返る必要を感じる。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-27 09:26 | みことば

みことば日記

ローマ10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

★伝道の重要性が書かれた聖句だ。神も天使も伝道はしない。伝道はどういうわけか不完全な私たち人間に任された。私たちが伝えなくては人は救われない。でも救うのは私たちでなく神だ。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-26 10:12 | みことば

みことば日記

ローマ10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。

★誰でも救われるのでなければ本当の宗教ではない。誰でもということは金持ちだとか、何かできる人だとかではない。まさに「イエス様の名を呼ぶ」だけでよいという誰にでも可能な道をくださったのがキリストの神だ。今日も「イエス様」と呼びかけていこう。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-25 10:04 | みことば

みことば日記

ローマ10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

★洗礼という儀式を今も大事にするのは、告白が大事だからだ。形なんかどうでもよいのだが、心のこもった形は心だけよりはるかに良いのだ。形のプレゼントより心のこもったプレゼントがよいのは当然。心と共にプレゼントを贈るのはもっと嬉しいではないか。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-24 07:20 | みことば

みことば日記

ローマ10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

★信じるというのは心の中のことだが、それでも大切なのは口で告白するということだ。心にあることを口に出す。イエス様が神の言葉であるように、私たちも言葉で自分を表すのである。はっきりとイエス様を主と告白しようではないか!
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-23 06:45

みことば日記

ローマ10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。

★律法の精神は有効だが、律法によっては救われない。律法からは人への裁きが来るだけなので、イエス様はそれを終わらせ、律法の根本的精神「愛」を貫き、「信じることによる義」をもたらされた。イエス様を信じるだけで救われるという本当に嬉しい道が開かれたのだ。
†シャローム!†
[PR]
by shinnakano | 2006-03-22 07:10