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みことば日記

Ⅲヨハネ1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。

★「たましいに幸いを得ている」という事実がある。このことを忘れないようにしよう。たましいの幸いがなければ人生は虚しい。まず、救われることなのだ。さらに全ての点で幸いであり、健康であるように祈り合いたい。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-31 08:49 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

★みこころにかなう願いができれば楽だ。みこころがわからなくてそれを求める祈りが多々ある。しかし、みこころは必ずなるのだ。ただ、確信して、祈り続ける信仰が足りないことがある。信じて祈ろうではないか。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-30 09:32 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:13 私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。

★聖書の一つの働きは、私たちが味わっている事実を知的にも理解させるためであり、確信させるためである。自分がどういう状態にあるのかを知ることはとても大事だ。あなたは救われている確信がありますか!
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-28 08:54 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:12 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

★命はイエス様にしかない。このお方による以外に救いはない。それは聖書が一貫して教えていることである。全ての人が永遠のいのちを持つように祈る!いのちを持たないとは永遠の地獄しかないのだから。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-27 09:49 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:11 そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。

★神が私たちに天国をくださったというのは本当なのだ。この世にいるとその実感が薄いものだが間違いない!なぜならイエス様の復活は事実であり、死に打ち勝った方だ。私たちも十字架によってこの命をいただいたのだ。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-26 14:21 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:5 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。

★なぜ世に勝たねばならないのだろう?迫害のある時代ならともかく?いや、世は基本的に悪魔の支配があるのだ。まずそこに勝つことで悪魔に支配されている人を勝ち取ることができる。世に打ち勝ったものであることを感謝しようではないか。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-25 07:26 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

★重荷とならない命令。人間的に命令とか聞くと苦しいものだと思いやすい。しかし、本来は愛は苦しいものではなく、愛されることも愛することも祝福であり、内側から力の湧いてくるものである。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-24 11:32 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ4:12 いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。

★子どもが見えない神を信じるのは、親が見えない神を愛している姿を見ているからという。私たちが愛し合うことで世の人々も神の愛が見え出すのだ。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-23 09:26 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

★「神がこれほどまでに」と言われるほど、果たして私は神の愛を感じているか、反省させられる。互いに愛し合いたいと思いながらもその力の不足を感じているのだ。「愛する」という意志をしっかりと持ち続けたい。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-22 09:18 | みことば

みことば日記

Ⅰヨハネ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

★人は愛を受けなくては愛することができない。私たちが愛のある者になるためには、神から愛されていることを感じ取っていくことである。イエス様が私たちを愛してくださったことを見つめるのだ。
†シャローム!†
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by shinnakano | 2007-03-21 09:11 | みことば