みことば日記

Ⅱコリント9:11 あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。

★嬉しい御言葉だ。「私たちを通して」という、私でも用いられることを嬉しく思う。全ての人が神へ感謝を献げることができるようになればどんなによいだろう。自分の中に神に用いられるものとしていただいた感謝をもっと持ちたい。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-20 07:33 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント9:8 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。

★神にできないことはない。ということは私を大金持ちにすることもできるわけだ。でも金銭・物質で満ち足りるより、心に霊的祝福を満たして欲しいと思う。愛で一杯の心にしてほしい!
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-19 07:11 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント9:7 ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。

★献金の重要な御言葉。十分の一は定められていると言っても感謝をもってしないのではよくない。自分の心で決めること、そして感謝をもって献げることだ。献金の前にその献金に手を置き祈って献げたい。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-18 10:24 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント9:6 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。

★けちる私には痛い言葉だ。この言葉は社会経済においてもあてはまるらしい。だが、自分の利益のために多く投資して自分に返ってきても自己満足を得るだけなら、人生はつまらないと思う。本当の豊かさを得、刈り取りをしたいものだ。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-17 09:58 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

★イエス様は世界一富んでいるお方だが、それを捨てて、私たちの救いためにおいでになった。この献身は最高であり、この献身で私も救われた。私たちも自分にできる献身をしたいものだ。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-16 09:06 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント8:5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。

★自分を犠牲にすることがばからしく思われる時代だが、人に、神に仕えることが本当はすごく大事なのだ。神に自分を献げていくことは実は基本的な生き方なのだが、難しく感じる。しかし、そうすることで福音の広がりが期待できるのだ。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-15 10:09 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント8:2 苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

★試練の中にも喜びがあるというのは、喜びの出所が単に心からというのではない。もっと深いところというか、神様のくださった「霊」からである。それは不思議さえ引き起こす喜びとなり、経済的困難さえもものともしなかったようだ。わき上がる喜びをいただきたい。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-14 11:16 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント7:10 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

★悲しみにも2種類あるようだ。みこころにそった悲しみと、世の悲しみ。同じ「悲しみ」であるがその結末が違う。命に向かうか死に向かうかである。十字架は大きな悲しみの出来事だったが、そこに全人類の救いがあった。喜びも悲しみも十字架とつながっていたい。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-13 10:49 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント6:10 悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。

★何も持たないように見えて実は全てを持っているという本当に自由な平安な生き方。このように生きたい。パウロと同じように聖霊は働いておられるのでできるはずだ。自覚を持つ必要があるのかも知れない。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-12 10:15 | みことば

みことば日記

Ⅱコリント5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

★「和解」という言葉はホッとさせる言葉だ。人と憎み合っていては苦しいだけ。神との隔たりがあるのは死を意味している。神との和解こそ人生をかけても行うべきことだ。そのためにイエス様が和解の使者として来てくださった。
†シャローム!†
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# by shinnakano | 2006-06-11 16:04 | みことば