みことば日記

【御言葉日記】2017/4/23
Ⅱテモテ4:16 私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。

★パウロの語る福音に耳を貸さない人々。しかし、パウロはそういう人々に「さばかれよ!」とは言わない。救いを祈っている。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-23 06:58 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/22
Ⅱテモテ4:11 ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。

★かつて、パウロはマルコを非難したが、ここではマルコを信頼している。人は互いに変わる。このように良い方向に変わることを信じて祈る者でありたい。

†シャローム!† 藤井敬朗
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# by shinnakano | 2017-04-22 06:25 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/21
Ⅱテモテ4:6-7 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

★処刑されることを感じながら、人生を振り返り、神へ感謝するパウロ。私も走るべき道のりを走り続けたい。信仰を守り通す!!

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-21 06:20 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/20
Ⅱテモテ4:2 みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。

★自分の命の危険を感じるパウロがテモテに福音宣教を伝えている。私たちは「時が悪い」と言いやすいが、それは福音宣教とは関係が無い。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-20 06:23 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/19
Ⅱテモテ3:16-17 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

★聖書は私たちのいのちのパン。食し続けることが大事。確実に身につくはずだ。神の人と呼ばれるようになりたい。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-19 06:57 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/18
マルコ16:14 しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現れて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。

★女達はイエス様が復活されたことを教えたけれども、弟子達は信じなかった。遂にイエス様が弟子達に現れ、不信仰を責められた。私もドキッとした。私はこの弟子達と大きな差がないかも知れない。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-18 07:01 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/17
マルコ16:6 青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。

★「ここにはおられない」心に残る言葉だ。私は復活のイエス様としっかり出会っているだろうか? 十字架の上と墓の中ばかり、捜していないだろうか? 命に満ちたイエス様はすぐそばにおられる。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-17 06:41 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/16
マルコ16:3-4 彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。 ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。

★復活の命というのはどれほど大きな石があろうと関係ない。この世の大きな石を吹っ飛ばすのが復活の命だ。私の体はまだこの世の肉だが、私の内にあるのはこの復活の命だ!

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-16 06:40 | みことば

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【御言葉日記】2017/4/15
マルコ15:34 そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

★イエス様が父なる神に見捨てられた瞬間。人生一度も神に見捨てられず、親しく過ごしておられたのに。私はずっと神から離れていたが、イエス様を信じた時に神に拾われた。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-15 06:41 | みことば

みことば日記

【御言葉日記】2017/4/13
マルコ15:10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。

★イエス様が処刑されるのはまさに冤罪。ピラトも知っていた。その冤罪事件の根源は「ねたみ」。現代もねたみという罪は多くの人を死に追いやっている。

†シャローム!† 藤井敬朗

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# by shinnakano | 2017-04-13 06:45 | みことば